夜景評論家 丸々もとお さん
--子どもの頃はどこに住んでいて、どんな遊びが好きでしたか?
生まれたのは長野県で、幼稚園の頃から社会人の2、3年目までは埼玉県の新座市に住んでいました。小学校低学年の頃から、一人で電車に乗ってはあちこち出かけていましたね。小学校6年生の時に始めたボーイスカウトが「夜景」との出会いで、夜に家を抜け出しては夜景を探しに行く毎日を過ごしていました。
--これまでの人生の中で、最も印象深くイキイキとしていた体験は?
どちらかっていうと、ボロボロになっていた瞬間が今振り返ると一番イキイキとしていたのかもしれないですね。輝いて幸せというよりかは、振り返るとつらかったことが良い思い出になっていたりする。それがイキイキとしていたということなのかもしれないです。
大学を卒業して、情報誌『ぴあ』の編集部に就職したんですが、文章を書くのが苦手で。100ワードの原稿を上司に見てもらい、書いては直し書いては直しを夜中まで何度も繰り返して、それを2年間毎日ひたすら続けて、体もボロボロになりながら徹底的に書くことを教えてもらいました。本当につらかったんですけど、自分の中の可能性を必死に見出だそうとしていた時期だったと思うんです。その時に自分の中の可能性を先輩から教わったことを考えると、あの2年間は私にとってはその後の人生を大きく変えるものでした。夜景を仕事にしようということにはまだ気づいていない時代でしたが、今思うとあの時が一番イキイキとしていたのかもしれないですね。
--その体験から学び、今も大切にしていることはありますか?
それから「夜景評論家」になって本も出すようになって、文章が苦手だった自分がまさかそんなに本を書けるようになったり、評論することが生業になったのも、その時のおかげだと思います。「書く」ということを学んだことによって、自分も表現をしたいと思うようになりましたし、それが結果的に夜景評論家としての今に生きている、魅力的な時間でした。ボロボロになりながらも気持ちはすごく充実していましたね。
夜景をテーマに文章を書くことにしても、子どもの時に旅に出たことにしても、全部が1つで、三角形の頂点に向かっている。食事をすることにしても、旅をすることにしても、何かを学ぶことにしても、自分が心地よく気持ちよく感じる状態で全て判断していけば、何一つ無駄なことはなく、つながっていくと思います。
--横浜に対して「愛着」や「なつかしさ」、「つながり」を感じることを教えて下さい
一番最初に横浜につながったのは、大学生の時です。当時本牧通りにあった「ベニス」というピザ屋が大好きで、よく通っていました。そこに入ると、「今いっぱいだよ」ってお店のおばちゃんに追い返されるんです。でも、中を覗くと誰も座っていない(笑)。そこで怒らずに待っていると、中まで案内してくれたんです。そのお店のおばちゃんに認められた時の記憶は、自分の中では横浜に対する深いつながりを感じますね。
--その体験の中に、丸々さんだけが知っている「横浜の魅力」、残していきたい「横浜の財産」はありますか?
その時の横浜の魅力は、必ずしも何でもウェルカムじゃなかったところ。横浜にはその土地のオーラがある。それで「怖さ」もある、危険で甘い感じ。謎めいていたからこそ、入り込んだ時の喜びがありました。一見さんお断りみたいな感じはどこかにあるんですけど、一度入り込んでしまえばコミュニケーションができてくる。何でもウェルカムじゃなくて、むしろ来ないでくれっていわれるほうが、逆に行きたくなるようなところがありましたね。
--今晩深い眠りについて明日の朝目が覚めたら、そこはなんと10年後の2019年になっていました!そして、そこでは丸々さんが「横浜がこんな都市になったら素晴らしいな」と思い描いたことが全て実現した世界になっていて、世代を超えて人々の口から横浜の素晴らしさを語る声が聞こえてきます。
では10年後の丸々さんの目に映る横浜、それは一体どのような街で、どんな情景が見えますか?そして、訪れる人々は、住んでいる市民は、どのように楽しんでいますか?
目覚めたら、80年代の横浜、自分が大学時代に歩いたような横浜の姿に戻っているような気がします。横浜の「時代性」が復活して、昔のものが再現されていくんじゃないかなと。発展という意味では、人が歩くことによって発電される「振動型発電」。レトロな横浜の街で、横浜を楽しんでいる人たちの気持ちで地面が揺れて、それが電力に変わる。発展するものがすべて地上にある必要はなく、ハイテクなところは地中に作ってもいいと思います。
--その未来の横浜は、他の都市に対してどのように際立つ存在になっているでしょうか?
発展し続けて世界の大都市と競っていくというわけではなくて、横浜が「横浜」を大事にしていく。理想的な過去に未来は近づくべきだと思います。
--10年、20年、50年後、次世代の子どもたちに残したいかけがえのない横浜の価値、横浜の魅力とはどういうものだと思いますか?
これから残していきたいものは、「生命力」。生き抜く力の根本は日常生活にあって、きびしいことも乗り越えていく力を伝えていきたいです。ちょっと平和じゃない横浜というか(笑)。ちょっと毒があっても、それを上回るだけのバイタリティがあればと。転んじゃいけませんよじゃなくて、生活しづらいとこがあっても、人の知恵であったり努力であったりとかで解決していく。横浜に住むことで、子どもが大人と一緒に成長し、生きるということを伝えていければと思います。

